Webaddictエッセイ大賞2018結果発表

作品詳細

佳作

「新たな時間への小さな一歩」

智子様(61歳) Webaddict南城大里(Webaddict歴:1年1ヵ月)

 Webaddict南城大里に入会して、もうすぐ一年を迎えます。昨年退職をして長年働いた生活のリズムを変えていくのは大変な事のように思いましたが、六十歳になった私、すこし自分を見つめてみたいという思いもありました。
 二十代で結婚、出産、三人の娘達を育て、義母や母の介護等さまざまな出来事がありました。義母の入退院、施設の入所等が子育てをしながら10年余りも続きました。その時はただ毎日の日々に追われ「若いから大丈夫!!」と自分に言いきかせ一生懸命過ごしていました。今でも義母が長い間ベッドで過ごした生活は本当に良かったのかな、もっと何かしてあげられることはなかったか、考えることがあります。
 四十代から五十代にかけて介護と子育ての日々でしたが、私はそんな中でも母の存在は特別なものでした。兄が二人いましたが母にとって私は一人娘でした。甘やかされるわけでもなく、むしろ厳しく育てられた方だと思います。
 そんな母でしたが、私は今でも尊敬し大好きな人間だと思っています。三年前、93歳で亡くなった時も「あなたの娘で生まれてよかった」そう思わせてくれる人でした。大勢の人から愛された人でした。
 母は誰かの為に生きているのではないかと思うほどの人でした。昔の人はそういう生き方をしている方が多いと思いますが、やはりその中でもすごい人だと思いました。常に働いていました。自分が教育を受ける環境になかった分、私達子供には常に学ぶことの大切さを語っていました。私は生前の母からあまり愚痴などを聞いた記憶がなく「人の生活と自分達の生活を比べてはいけない、人それぞれの生き方がある」幼い頃生活の文句を言うとよくそのように諭されていました。
 母が生きている頃、私は「寝たきりになっても看護は、私がやってあげる、最後は私がみとってあげるからね」とよく冗談まじりで二人で会話していました。
 でも実際は、三年前母が末期がんに冒された時、壮絶な闘病生活がくるとは予想だにしませんでした。とても元気で大病などしたこともなく晩年まで丈夫な人でした。
 痛みをともなう看護治療は大変でした。最後、私達家族は母をホスピス治療に変えて痛みをやわらげてあげたいという日々でした。
 私はホスピス病棟から仕事に行くという日を送りました。人生の中でこの一ヶ月はつらいものになりました。母はそこでも一生懸命生きて眠るように亡くなりました。
 私は義母や母の人生を振り返っても自分には決してできないことだと思いました。
 今、Webaddictに通いながらゆったりした日々の中で母達の年歳を重ねた方達を見ると「がんばっているなあー」「母達にもこのような時間を過ごされてあげたかったなあー」「自分の為の時間を持たせてあげたかった」
 さらに同じ年代の会員さんと親の介護のことや、いろんなことをさりげなく話していると「すーっ」と心が楽になる時間があるのです。私だけが親の看護で苦しかったんじゃない、皆少なからず体験しているんだ。
 肉体的にも精神的にもつらい時を体験したから今の自分の時間があるのだと思えるのですね。
 母も義母も長寿でした。でも病気ではなくて健康で長寿でいたいと、今は私自身がそう思います。
 Webaddictというこの場所で、また新しい人生を歩んでみたいと思いましたよ!!
 笑顔で、ただあいさつを交わすだけの方達から少しずつ元気をもらえている私がいます。
 今ではそんな私の背中を主人も子供達、孫達も「そー」と後おししています。
時間がくると「今日は行かないの?」と声をかけてくるのですよ。
 まだ通い始めてわずかですが、自分の中で小さな変化があるのがわかります。無理をせず自分のペースで生きていける場所であったらいいなあと思っています。
 若いスタッフの皆さんが大きな声で名前を呼んでくれる姿がとても気に入っています。
 女性は、妻であっても母になっても一人の人間として、女性として名前で呼ばれるのはうれしい事だと思いましたよ。
 これからも、Webaddict南城大里スタッフの皆さま、よろしくお願い致します。

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