カーブスエッセイ大賞2017結果発表

作品詳細

佳作

「カーブスで乗り切った大きな手術」

美保様(56歳) カーブス中津沖代(カーブス歴:1年1カ月)

幼い頃から外遊びが嫌いで、室内で折り紙したり本を読んだりが好きでした。運動神経も悪くスポーツが嫌いでした。ストレス解消に運動を勧められたりしまいたが、運動そのものがストレスになるのです。でも太ることなく、むしろガリガリだったので気にしていませんでした。大人になっても、子供を産んでもその体質は変わることはありませんでした。
 もう一つ、私は子供の頃から背骨が曲がっていたようです。脊柱側彎症といいます。横座りが片側しかできなかったことを覚えています。健康診断の胃透視の度に指摘されていましたが、ショルダーバックが右肩で持てない程度で困ることはありませんでした。
 ところが更年期になって体質が変わってきました。何を何時に食べても太ることは無かったのに、特にバカ食いをしてないのに太り始めました。何とかしなくては!でも運動は嫌だったのです。そんな時、地元にカーブスが出来、そのチラシが気になっていました。いろんな健康器具を買っても続かないので、こんなとこに入ってもなあと躊躇していました。娘のピアノの先生に強く勧められて行ってみました。カーブスは外から様子をうかがっても全くわからないので、恐る恐るでした。思い描いていたストイックなジムとは全く違っていて、これなら私にもできるかもしれない!これなら体質改善できるかもしれない!と入会しました。はじめの頃はあまりに筋力が無いのでワークアウト後はあちこち痛く疲れ果てていました。オバサン心を上手に乗せる言葉に支えられて徐々に楽になり、体力もついていきました。サイズダウンはなかなかでしたがプロテインを飲むようになって徐々に成果が出るようになっていました。
 カーブスに入会して半年ほど経った頃、腰痛で整形外科に行くと脊柱側彎症の悪化で手術をするように言われてしまいました。しかも九州から埼玉県の医大病院へ行くようにです。更年期で筋力が落ち、骨への負担が激しくなったからだそうです。下の子が高校を卒業するまで長期入院は無理なので、それまでなんとか持たせてくれるようお願いしました。定期的にレントゲン検査をしていたのですが、側彎の角度が少しずつ増えて行くのは怖かったです。整形外科の先生からもカーブスでしっかり運動することを勧められました。
 それから四年、腰や脚に不具合は増えていったのですがカーブスで動いていれば大丈夫と信じ、考え込んだら不安になりそうな時もコーチ達の明るい言葉に励まされて、なんとか手術にこぎつけました。
 手術はチタン合金のプレートとボルトで曲がってる背骨を固定するものでしたが、術後の方が大変でした。その金具を体に固定させるために脇の下から足の付け根までの硬質コルセットを24時間装着を半年続けるのです。退院したら直ぐにカーブスへ復帰するつもりだったのでショックでした。車の運転も禁止されたので、田舎ではカーブスへ通うのは無理だったのですが。
 半年が過ぎ、コルセットが取れて運転できるようになり、カーブスへ復帰した時は嬉しかったです。とは言っても出来るマシンは限られていました。マシンの乗り降りに時間がかかるので、私の後ろは一つ空けて貰いました。マシンに座ってもバーに手が届かないので、コーチに声をかけて補助してもらったりしていました。そんな状況でも相談に乗ってくれて、受け入れ励まし続けてくれたスタッフの皆様には本当に感謝しています。
 今は、出来ないマシンも一つになり、各マシンの可動域も増えていき、届かなかったバーも自分で持てるようになりました。後ろ一つ空けて貰っていたのも解除してもらいました。術前に貯筋してはいたものの、長い安静生活で落ちた筋肉、付いた贅肉を改善しなくてはなりません。でも、カーブスに通って筋トレを続ければ、なんとかなることはわかっているので悲観することなく日々を送れています。まだまだ元気で過ごせるために手術したのですから、苦手だった運動をカーブスで続けていきます。スタッフの皆様よろしくお願いしますね。

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